思い出した事
10年以上前に好きだったアルバムをガンガンiPodに入れて聞いてたら、心の奥の奥に仕舞ったまま忘れていた事がスルスルと思い出されてきた。
どっぷり思い出に浸かるという事ではなく、冷めた気持ちで、それでいてちょっと胸が痛くなるような不思議な気分で昔の事を考えた。
学生時代も後半で、バイト先の仲間と人生で最も輝いたうちの数時間を共有した事とか
実現したい夢に近づけるように思案した自分とか
当時、これ以上ないくらい好きだった人に好きな人がいてもがいてた事とか
その人とそれなりに幸せな日々を過ごした事とか
些細な事でその彼と喧嘩して渋谷の交差点でグーでパンチし合った(!)事とか
本当はこんなヤツとは早く別れた方がいいと思ってもまた悩む自分とか
喧嘩しても結局また些細な事で仲直りして笑い合ったりとか
そんな分けわからん私のグチをいつまでも聞いてくれた友達の事とか
最初に就職した会社に、新入社員をいじめるクソババアがいたこととか
社員とは名ばかりの、ほとんどフリーライターのような身分でいろんな世界を観た事とか
結局、気づいたら今の会社に入って、巨大なプリンタのメンテしてた事とか
Macって何? そんな事聞かれても私はわからん……と思いつつお客様対応し始めた私とか
まあいろいろ思い出した。
ライター時代に、その社長が私に言った言葉。
「○○さん(私のリアルな名前)、アナタは僕のことを腐ったロートルだと思っているでしょう。でもね、僕の中身は20代の頃とそんなに変わっているつもりはないんですよ。時々本当の年齢を思い出しますけどね」
この言葉の意味が最近すごく良くわかる。私だって、何十年経っても20代とそんなに変わったとは普段思っていない。でも確実に変わってるんだよね。
社長のYさんはいくつくらいだったのかなあ……60代後半くらいだったと思う。普段はすごく静かで冷静な人で、目がギョロギョロして、凄い眼光だった。
若い頃は辣腕編集者だったらしい。
Yさんは、私と、私とコンビを組んでいた女性カメラマンを連れて時々新宿ゴールデン街に連れて行ってくれた。ウーロン茶1杯で千何百円とるようなボッタクリBarを数件ハシゴして、最後はいつも決まった店に行き着く。Yさんはべろんべろんに酔っぱらって、店のママを「ババア!」とか呼んだりしてた。最初のうちはびっくりしてたけど、まあ、ライターなんてこんなもんかね、こんな経験もそんなにはできないだろうと思うようにして、次からは驚かなくなったけど。
そんな社長のYさんだけど、人間として素晴らしい事を教えてくれる事もあったのよ。
仕事で映画監督の深作欣二さんにインタビューする機会があり、その打ち合わせの電話のやり取りで深作さんのことを『監督』と呼んでいたら、「○○さん(わたしのこと)、肩書きで人を呼ぶのはダメですよ。どんなときにも人間は根底の部分で対等です。特に私たちのような仕事をする人間はこれを忘れてはいけません。肩書きをつけて人を呼んでいるとそれを忘れてしまいますよ。敬意を込めて『さん』をつければ良いのです」と真剣なまなざしで言いました。
大人になると、やっぱり肩書きをつけて人を呼ばないといけない場面が多くなる。
特にライター稼業から足を洗ってしまった私は、肩書きとか階級とかを表向きだけでも尊重していないとやりにくい立場にいるから。
でもYさんに教わったスピリットは大切にしている。
私が電話対応で自分のペースを確保しつつ、相手のペースを重んじる事ができるのもこのスピリットがしっかりしている根付いているからだと思っている。
社会を舐め切っていた自分
社会にもまれた自分
社会に磨かれた自分
ときどきこんな世の中にうんざりするけど、まあ明日も頑張ってやりましょうかね。
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