日記・コラム・つぶやき

2017年3月26日 (日)

やっぱり自分を責めてしまうのだった

 粛々と生きていこうと思っている。仕事もプライベートも。今までのことを整理したいと思っているけど、どうしても自分を責めてしまってやっぱり落ち込んでしまうのです。
 まあ、脳みそ内部の分泌物やらいろいろのバランスが崩れているんだろうけど。仕事も辞めた方がいいのかなあ。きっと誰が悪いとかではないんだよ……そういってくれている別の自分がいるんだけど、なんだかなかなかそんな気にならない。いままでいろんな問題に対して自分なりの対処や答えを出してきたんだけど、今はそれができないと感じてしまう。そもそも答えを見つけようとする行為が間違っているのかもしれないなあとも思う。
 結局どうにもならない自分を責めることしかできない。もっと自分が仕事ができていたら、リーダーシップがあったら、上に勇気を持って進言することができたら、きめ細かいところまで注意が払えたら……ADHDじゃないかとか、頭のどこかが悪いんじゃないだろうかとか他にも色々考えてしまう。翻ってこんな私が昇進とか受けたことが間違っていたんじゃないかとか……そう、どこで間違ったんだろうかとか考えてしまう。原因がわかれば対処がしやすいと思ってしまうのだ。
 きっとそんなものははっきりとした形ではないとわかっているのに。

 そういえば以前丹沢登山中に予定のルートをやめて下山を決めた時、道に迷いそうになった。ものすごく不安で途中何度かおーいとか大声を上げて、結局ひたすらに下を目指しておりて問題はなかったんだけど……あの時の気持ちかなあ。下山は楽だけどいろんなことが起こりやすいからなあ。今きっとヒーヒー言いながら下山中なのだろう。
 また山に登る気になれるのはいつのことだろうか。

2017年3月25日 (土)

ある話(簡単なメモ2)

 来週には降格の人事発令が出るだろうから、そのストレスには耐えなければならん。
 リーダー職を解かれてからも私の仕事の量は変わりません。直属の上長は実質の業務は何もできないから。電話のサポート業務も新人、異動者の教育も。技術と関係ない部分の教育くらいやってほしいけど何もしない。私が「仕事に自信がなくなってしまった」と言ったから、上長の親切で私のできることを奪わないでいてくれていると思っている。この前、遅番のあとサーバーメンテがあり遅くまでの業務予定の前日、「その後一緒にご飯食べに行こう」とかなり強硬に上長から誘われた。やんわり、いや、ちょっと……と言ったのに肩に手を置かれて「ねっ!」と言われ、正直固まった。セクハラ的な行為はスパイス程度だが、この人は私にしてきた「会社の命令だから」という理由の数々の無理くりな業務指示や、右から左に「やってください」「リーダーですよ」「係長なんだから!」と言ってきたことなどについては何も感じてないのだと。根はいい人であることはわかりすぎるほどわかっている。だからついてきたのだ。FBの友達申請にも承認したし(もちろん他の会社の人も同様に承認している)、それはそれ、これはこれと思ってきたけど、会社にも精神状態が芳しくないと伝えているこの時なのに。ドン引きです。断りきれない状況で仕方ないかと思ったが、次の瞬間その日に友達と予定が入っていたのを思い出した。これは本当に忘れていたのだ。うつ状態だと短期記憶がおぼつかない状態になるためだった。社内チャットにすかさず「友人との約束があったのを忘れてました。遅くても新橋で会うことになっているので、すみません。元気になったらまた行きましょう」と送り、深夜、会社携帯を覗くと「了解」とあった。

 もういい人を演じる気力もないのだよ、私……。〇〇さん、ごめんなさい。あなたの人格を否定して受け入れていない訳ではないけど、今は心が言うことを利かないのでそっとしておいてほしいのです。あなたの言動で私の気持ちが萎えたのには気づいていないみたいだけど。それと、お昼ご飯の後にいつも爆睡するのもやめてください……精神衛生上、あの様子を見ると気持ちが乱れるので、せめて週一程度の居眠りにしてほしい。

 減薬するとこんな素直な気持ちになることもなくなるのかな。元の性根がやはり鬱になりやすい傾向みたいだと思っているから。もっと根本的に自分の中の何かを赦したり変えたりしないと生きていくのが難しい気がしているのです。

 書いた通り私は上長を人間的に否定していない。仕事関係なきゃいいお兄さんだ。元気になって誘われたら出かけると言う気持ちには偽りはないけど、今はそっとしておいてください。

2017年3月16日 (木)

ある話1(簡単なメモ)

 精神科への通院を初め、絶対受け入れたくない薬物療法を説得され即開始。当初から私は休職は望んでおらず医師にそれも告げる。2回目の通院では状況の報告を医師に告げとりあえず現状維持。
 出来るだけ水面下で会社に相談したいと思い、考えに考えて直属の上長のその上の上司に相談することを決意。声をかけるのも相当勇気が要ったがエレベーターホールで「会社で話せないことがあるから外で話しがしたい」と言う。しかしそれほど真剣味が伝わらなかったのか軽く流される。
 上司と水面下の面談ができないまま3回目の通院で医師から診断書を出すと言われる。診断書が出ると休職必要の判断。通院していることを会社に告げていないと言い、業務状況の調整判断をしてもらうことを約束し、その場では一旦休職保留。薬は増量が必要と判断され1種は増量、1種は減。もうどうにもならんと観念し、直属の上長と上司二人に社内メールで体調不良で今後の相談をしたいと告げ、即ミーティングとなる。その場でリーダー職が解かれることが上司によって決定。その後、その上司から、少し前に外で話しがしたいと言われたがどうですかと連絡が入り外で面談してもらった。
 結論から言うと、周囲への配慮の違いを感じた。上に立つほどかなりの強引さがあるがそれとともに的確な配慮ができるのかもなあと思った。強引さには賛同できない部分もあるけれど、その強引な目標を達成するための自分なりの哲学というか信念を感じた。同じ形ではなくても同じ方向性でやっていこうとは思った。信念がないと指示が揺らいでしまうのかもしれない。自分自身も信念を強く持たないといけないのかもしれない。直属の上長とはだいぶ前からギクシャクして、それが加速したのみ。いままでずっと上長のことを敬ってきたが、よくわからない指示や全員の前での叱責などから私の自尊心も含め、上長への信頼が揺らいでしまっているので最近はまともに顔を見て話すことすら恐ろしくてできない。平常を装うのが精一杯の状態。能面のような顔をして話している。
 精神の立て直しと一緒にこの後どんなふうに生きていこうか、仕事とは別の部分で決めた方がいいだろうということも考えている。

2017年3月12日 (日)

やっと……

 少し気が楽になった。
 降格させてもらえることになったから。しばらくしたら会社で人事発令出て周りから腫れ物に触るように接せられることになるかもしれないけど、それでもいいですと言って受け入れたら、久しぶりに気持ちが軽くなった。薬のせいもあるかもしれないけど。
 本当に自分にとって肩書きと、それに伴う責任がクサリになっていたことがわかりました。
 同じ課の仲間で、私に対して真剣に病院に行くように強く勧めてくれた同僚や、愚痴を聞いてくれた同僚には心から感謝します。そして病院の先生と上司にも。これで全てが解決したわけでもないけど、少しだけ環境が変わった気がします。ブログを読み直すと2013年からおかしくなり、14年の夏から完全に様子がおかしくなってきているのがわかりました。時間的にも限界だったな、と我ながら思います。すでに自殺願望のようなものが芽生えていたので……。

2017年3月11日 (土)

あの日から6年

 身を切られるほどのつらい別れを経験され、今もつらい最中にいる方も多いと思います。大往生と言われる年齢の父を送った私も悲しいのですから、突然に目の前から大切な人が去ってしまったらと思うと、想像を絶する悲しみに襲われ今も心が壊れそうになることでしょう。

 どうか皆様が穏やかでありますように。私も父を思いながら聞いています。

2017年3月 3日 (金)

とてつもなく

さみしい。

2017年2月24日 (金)

強迫症

今朝ひどい強迫症の症状で、結局自分に負けて出勤途中に自宅に引き返す。おかげで遅刻ギリギリ。

父は若い頃、横浜中区の消防士で要領よく良くやってたらしく、上の人にも可愛がられてたのに、その上の幹部と喧嘩してその場で辞めた。さらに横須賀米軍基地で英語も話せる技術者として重宝がられたのに『他人に使われるの嫌』という理由で辞めた。
私にもその血が流れてるはずだが、思い切りの良いところは受け継がなかったようだ。
今の自分には組織の上層部が理不尽としか思えないと感じることの方が多い……いや、むしろ自分のコンディションの悪さで前向きに受け止められないだけかもしれない。私は精神の不具合という病に偏見があるのを自分でも認めているから、そのせいで職務を放棄する事が嫌なんだろう。うまくこなせない自分の力の無さがたまらなくつらい。
消えたいけど、まあそんな事言わずにやれよと言う自分もいたりして、その存在が救いでもあり優しいふりした悪魔にも思える。
今や自分の未来を切り開く余力がどれだけ残っているかさえわからない。

2017年2月20日 (月)

ああ…これは

死んだりはするつもりない。消えたいなと思う事はかなりあるけど。
でも今日、初めて、ふとなんか極楽か地獄か、あの世みたいな世界がすぐ近くにあるような感じがした。新橋の繁華街を歩いてたとき。
あー、いかんいかん。そんなのは気のせいでしかないのは決まってるが、なんか自分のすぐそばに黄泉の国に通じるトンネルが出来てそうな感じがしたのだ。
いや、違う、こんな感じきっと若い頃はしょっちゅうだった気がしてきた。元に戻ってるのかもしれない。封印していた感覚が戻ってきてしまったか?普通の社会人には邪魔になるこのセンサー。再始動してきたのなら喜ばしいことなのか、そうじゃないのか。

……ああ、わたし、これマジいっちゃってる人だわ。

2017年1月18日 (水)

見舞いで老人ホームハシゴ

母は80歳を超え、父を送ってだいぶ老けた。おまけに寂しいみたいで、非常に物哀しいことを言う…その物哀しさは身内にしかわからない謎かけのようなもの。
その母が自身の叔母のことばかり話し、見舞いに行きたいそぶりを見せる。また母の妹で私の叔母が全盲なのだが、その私の叔母の見舞いも行きたいようで、先日クルマで出かけた。
二人とも老人施設に入居している。施設は長兄も入居しているからだいたいの感じはわかるが、なんだかかなり滅入ってしまった。
その理由の大部分は、二人とも面会の間に涙ぐんだからなのだが、まあそれだけでもない。
あんなに聡明で年老いても美しかった大叔母が、ちんまりと白髪の人になりうまく言葉が出ず、盲の叔母は行った途端にウチに帰りたいと泣かれたら気も滅入ったのだけど、いつかは母も私もこうなるのかと思うと、もうなんだかどーんと気持ちがしずんだ。
最後まで喧嘩したり、看護婦さんに冗談言って他界した父はラッキーな部類なんだろう。しかもあんなにグチグチ言っていた母に寂しさまで残していったわけで上出来だ。
人生50年なら私は最晩年だ。
くだらないことで悩んでいる暇はないのだろうが、いかんせん壊れている心はなかなか言う事をきかないのだ。

2017年1月16日 (月)

休みたい

身体に来始めた。いつまで持つかな。
この土日も諸用目白押しで休まらなかった。それはそれで仕方ないのだが。
そろそろ心療内科か精神科の通院を考えないとならない感じがして来た。まあ当然か。要領が悪いと結局自分が追い込まれる。なんとか切り抜けたいが、どこまでやれるかな。
とりあえず自分に合う病院に巡り会えますように。

より以前の記事一覧

2017年3月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

私の好きな場所

  • 大坪家の書庫
    大坪五郎さんのインテリジェンス溢れる面白い感覚が素敵です。全国の珍スポットをルポする「巡り巡って」は大好き! 「映画評」「私のMacintosh」もいつも読んで参考にしています。
  • ハッピーマニア
    翻訳家を目指すbolero74さんのブログ。英語の勉強についての内容はもちろん、日々の出来事を綴っていらっしゃいます。同居している彼氏とのやり取りがほのぼのしていて、私は大好きです。
  • 三浦半島ティールームガイド
    三浦半島を愛すが故に、クールに論じるまみさん運営のサイト。「ティールーム」ガイド、マニアックな公園案内、そして三浦半島にまつわる歴史や問題などを取り上げた「週刊!三浦半島」。ストレートなコメントを読んだら、真意を確かめに海と山の三浦へ出かけよう。
  • 日々是好日−つれづれよっぽブログ
    様々な話題を丁寧に綴る「よっぽ」さんのブログ。真摯に、誠実に、毎日を過ごしているよっぽさんの人柄が滲み出ているような文章に、気づかされたり勇気づけられたり…。肉体にとって「マイナス」と言われることも、心を磨くことについては「プラス」になるのではないか、と感じさせてくれるのです。

Message

  • 当サイトの内容にそぐわないコメントなどは予告無く削除いたします。文章・画像・動画の転載・複写は認めていません。必要な方はコメント欄にてご連絡ください。 また気に入ったアイテムをご紹介した際、アフィリエイトリンクを利用している事があります。ご了承ください。気になる方は別のリンクからアクセスしてくださいね。

婦人画報のおかいもの

  • 奇跡のリンゴ入りカレーが気になるんですが
    婦人画報のおかいもの

MomaStore

  • 生活にアートを
    MoMAstore

ブクログの本棚

  • 読んだら登録。時々レビュー。

ドライブのページ

  • ドライブの記憶
    クルマのSNS「みんカラ」にコソッと作っているドライブページです。昔の名前(HN)で出ています。

最近のトラックバック

無料ブログはココログ