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2010年8月

2010年8月30日 (月)

70%復帰

暑くて風邪って今までホントに無かったので、今回の喉風邪は堪えました。
ようやく上向きって感じです。
登山に関しては登りはキツいけど、体調が登り調子になるのはいいもんです………あ、でも登山でもゼーゼー言って登って、ちょっと振り返った時の気持ちはこんな感じかな?ホッとすると言うか、それなりに登って高度が上がったなあって感じ入ると言うか。

今日は買い物に少し出かけただけで家にいましたが、このところ食事も適当にしかこなしていなかったので、今日はきちんと作っていただきました。タカベというお魚を塩焼きに、野菜をたっぷり入れたお味噌汁。そしてモロヘイヤとオクラをサッと湯がいて刻み、お酢とお醤油を入れてご飯に乗っけて食べました。夏の疲れにはネバネバ料理ですよね。
タカベというお魚は初めて食べたのですけど、小振りで背中に薄い黄色いラインのあるちょっとお洒落な格好をしてました。スーパーの表示には東京産とあったのですが、調べてみると大島とか八丈島とかあの辺りで捕れるみたいです。あぶらが乗って白身で美味しいお魚でした。

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夕方になると幾分涼しいかなと思う事もありますが、まだまだ暑いですね。いつまで続くのかな。もういい加減ウンザリしてきてます。もともと暑いの嫌いだし。年齢的にも紫外線対策は力を入れているつもりでしたが、やっぱり徐々に焼けていて、腕はかなり黒くなってしまってます。顔はサンスクリーン効果の高い下地とそれなりにSPFのあるファンデを塗っているけど、同僚と上司に焼けたねと最近立て続けに言われてショックです。老化の元凶なのに! 仕事柄、出社すれば一日中建物の中にいるわけで、焼けるとすれば朝の出勤時間。日焼け止めと日傘を必ず使っているにも関わらず焼けたか……。しかし長袖と手袋、帽子というのは暑すぎて取り入れる気にどうしてもならない。これから秋も紫外線は強いので、なにか防ぐ方法をまた考えないといかんな、と思っています。
あとは風邪を完全に撃退するのも頑張らないと。ぶり返したら元も子もない

2010年8月28日 (土)

環境ビデオかい?

八方尾根から降りるとき、オンボロデジカメでダラダラと動画を撮ってきたので繋ぎ合わせてみました。

なんの驚きも無い動画です。
風の音ととかリフトやゴンドラの機械音もそのまま。
なんとな〜く行った気になりたい人はどうぞ。
ノイズが一部入ってます……お聞き苦しくてすみません。

2010年8月27日 (金)

夏風邪

先週の土曜日から喉が痛くなり、だんだんと激痛に!
月曜日に内科にかかり、出始めていた鼻水と咳は治まったものの、喉の痛みだけは改善しないまま毎日内科で吸入していました。しかし痛みに耐え切れず、結局耳鼻科へ。昨日までは少しも良くならずウンザリしてましたが、今朝は少々楽かいな?って感じです。やっと峠を越えたか……
しかし喉が弱くて困る。原因は仕事で酷使しているせいと、寝ている間に口が開くせいだろう……また口にテープを貼ってしばらく眠るしかないか。

皆様も体調にはくれぐれも気をつけてくださいね!

2010年8月23日 (月)

笑えるようで笑えないようで………戦国サポートセンター

……リアルな私を知っている人なら、タイトルの意味が分かるはず。
でも私はコールセンター業務を自分の天職のうちのひとつだろうと思い、一期一会の精神で努めておりまする(って会った事ないけど、電話だから)。

2010年8月22日 (日)

あれは夢だったのか?2010年の夏休み……その1

2010年7月10日。
今年の夏休みは上高地。連日雨・雨・雨だったが、この日奇跡的に晴れたのであった(酷暑の今となってはあの雨すら懐かしい)。遅ればせながら今年の夏休みについてご報告(画像はクリックすると巨大化します。)。

続きを読む "あれは夢だったのか?2010年の夏休み……その1" »

2010年8月21日 (土)

ガス代が!

とうとう2000円を切った!

ちゃんと炊事もしてるのに。エアコン入れるから電気代は凄いのでちょうどいいが、ちょっと驚き。

2010年8月15日 (日)

そして、65年前の今日の母

このCMと何の関係があるか?
母は玉音放送を聞きながら戦争が終わったと理解した時、最初に思ったのは「ああ、これで夜電気を点けて明るくしてもいいんだ」ということだったそうです。戦時中は爆弾投下の目標になる事から電気を点けることが許されなかったのです。
震災を受けた方々にとって電気が復旧した時は、ただ明るい、不便さが減るということ以上に真っ暗だった心にも灯りがともったと、このCMでは表現しているように感じました。だから初めてこのCMを観た時、先の母の言葉を思い出しました。
こちらは自然災害だし、時代も全く違いますが、人間が求める「幸福」に繋がるキーワードで共通するものがあるように思います。

当たり前に朝が来て、夜眠れる幸福に感謝。

65年前の今日の父

今日は終戦記念日ですね。
でも今日を終戦としているのは日本だけで、9月2日に第二次世界大戦が終わったという認識が世界共通だということをつい最近まで知らなかったのでした。
この日は降伏文書に調印した日です。
15日は昭和天皇の玉音放送が流れた日で、日本国民に敗戦が伝えられた日ということになります。

父は終戦直前士官候補生で、間もなく訓練を終えて任官、海軍士官として出征という時期だったそうです。が、敦賀から広島に移動しようとした矢先に新型爆弾投下の知らせがあり中止になったのでした。広島への原子爆弾投下です。そして65年前の今日、上官から「日本は戦争に負けたらしい」と聞かされ、兵士という身分上(正確には任官前だから兵士ではないのだが)、アメリカ兵がやって来て真っ先に殺されるかもしれないから高地(つまり山の中)へ避難するよう指示が出たのでみんなで山の中に逃げて隠れたそうです。自分の身の回りの品(毛布くらいしか無かったそうですが)をまとめたリュックだけを背負って、食べるものもないのに、そんな真夏の山の中で生きていられるのか、もうその段階で信じられない気持ちになります。
1週間くらいして本部から招集の指示があり、山から出て指示された場所に集まったそうです。そこへ幹部の人間がきて「天皇陛下からのご指示」として総員解散が伝えられたそうです。総員解散とはいえ、毛布くらいしか手持ちのものはなく、この後どうすればいいのかと考えていると、幹部は続けて故郷までの列車は保証するとし、父は敦賀から宮城県に戻りました。
玉音放送を聞いたのはずっと後のことだったと言っていました。

広島にもう少し早く移動していたら、父は原子爆弾で死んだか、魚雷に乗って敵船に突っ込んで(いわゆる人間魚雷の訓練をしていたらしい)死んだかで、私は今の自分としては生を受けなかったでしょう。

玉音放送を聞いて泣いている資料映像をよく観ていたので、最初この話を聞いた時には違和感を感じたのですが、「戦争が終わったらしい」と伝えられて、着の身着のまま山へ逃げざるを得ないというのも、当時ラジオすらあまり無かった時代なので、そんなに不思議では無かったのかもしれません。そもそも原子爆弾投下のことも前述にあるように「新型爆弾が落ちて、なんだか凄い被害らしい」ということしか入って来なかったそうですから。

8月15日に戦争が終わったらしいと伝えられたからといって「ハイ、戦争おしまい」という訳には行かず、その後、食糧難が続き、日本はますます混乱して行ったのはご存知の通りでしょう。

憲法9条改正という意見や、責めてきたらやり返せ、日本に軍隊をという意見も考えるべきとは思いますけど、やっぱり私はいかなる理由があれ戦争は馬鹿な行為以外の何ものでも無く、正当化される理由は無いと考えています。憲法9条は素晴らしい内容だと指示しますし、日本にはその憲法の範囲内で動くための自衛隊があるので、これ以上の権利をもった軍は必要ないと考えています。
先の原爆の日の記念式典にアメリカ駐日大使が出席したことで、原爆投下は正当であったとするアメリカ人の意見にスポットが当てられましたが、原子爆弾投下に正当化の理由などは微塵もないと私は考えています。ただアメリカに原爆投下を決意させるほど、日本国全体が戦争に狂っていると先方に感じさせた事を想像すべきだとは思います。ちょうど今の北朝鮮が私たちに与えるイメージに似ているのかもしれません。放っておけば永遠に戦争をするだろうと気味悪がられていた国民の姿があったのでしょう。事実、特攻隊が突っ込んでくる時にアメリカ空軍パイロットは、日本兵のその眼差しをなにより恐怖に思っていたと何かで読んだ事がありました。西洋からみたら理解しがたい精神性……その中の悪い方向へ転んでしまった精神を見せつけられて、心底恐ろしく感じたのでしょう。

戦争に流れて行く経緯で、たぶん市井の人々は結局ほとんどなにもせず、またはなにも出来ないままに流されて巻き込まれて行ったのだと思います。
長いものに巻かれろと言いますが、その長いものは見極めるべきです。一度馬鹿な歴史を刻んでいるのですから、それを忘れず、事実を見つめて思い返し、意識しないと、またくだらない悲惨な長いものに巻かれてしまうかもしれません。

広島、長崎の原爆記念日、日航機墜落事故の日、終戦記念日……命について考えるきっかけを与えてくれる日は旧盆まで続きます。自分がこの世界に運ばれてくるまでの先祖がどのような世界に暮らしたか、想像するだけでも意義深いものでしょう。


おまけ。父は士官学校に入る前にも、戦時中に海運会社の船員として輸送船に乗っていて南方の海で魚雷にあたって船が沈んだ事があるんだそうです(民間船なのに)。溺れて死にかかった挙げ句、24時間以上瓦礫に掴まって仲間数人と一緒に日本の船に助けてもらったという経験があるのです。この話は小さい頃にも何度か聞かされていたのですが、「大海原で自分の乗った船が魚雷に当たって沈む」という話は子供心に大変恐ろしかったし、その後、また海軍に入ったという(たぶん入らざるを得なかった、と言う方が正しいのだろうが)事実に驚いたのでした。怖くて船に乗れなくなるという事は無かったようです……生きて行くためには選択の余地はなかったのでしょうけど。

2010年8月11日 (水)

水疱瘡のワクチンを打ってきた

水疱瘡バージンでしたが、今日ワクチンを打ってきました。
10年前に入院中にすぐ上の兄が水疱瘡に罹患。私も罹っていないと思われた為、抗体検査をしましたがやはりまだ罹っていないとわかり、手術までに一度は自宅に外泊できるはずが「絶対に手術までに罹ってもらっては困る!」という主治医の鶴の一言で帰れなくなってしまいました。
その時の兄の水疱瘡も結構重症だったようで、私も罹ったら困るなあと思いつつ早10年。ワクチン打たないとと思っていても、つい元気な時にはスルーしちゃうし、冬場は風邪を引いたりで体調が安定しないこともあり伸び伸びに。昨日急に思い立って、会社の近くにあるかかりつけにしているクリニックに問い合わせたら「明日入荷しますからいらしてください」とのこと。今日、会社の昼休みに行ってプスッと打ってもらいました。
とは言え、ワクチン打っても水疱瘡にかかる人や、抗体が付かずに10年から20年程度で免疫が消滅する人も居るらしい。よって私もまた15年くらいしたらもう一度ワクチンを打とうかと思ってます。
ワクチンを打っていれば万が一罹っても軽くすむらしいし、あの体中に出来るらしいブツブツを考えたら事前処置をしておくべきだと考えたのです。
それにしても水疱瘡ウイルスってかなり強力らしいのに今まで移らなかったのが不思議です。実際兄も40歳ごろに罹っているわけで兄妹揃って水疱瘡ウイルスに嫌われていたということになります。ちなみに施設に居る体の不自由な長兄も水疱瘡未体験です。

水疱瘡には罹らなかったけど、インフルエンザは予防接種しても罹るんだから本当に不思議だよね。
参考までにワクチン接種のお値段ですが、私が行ったクリニックでは6400円でした。任意に受ける予防接種のため保険は効かず自費です。大体5000円から10000円くらいのようです。自治体に寄っては補助を出す所もあるらしいですが、川崎市は助成金の制度はありません。

今、皮膚科と歯医者にも通っているので通院ばっかりです。

2010年8月 8日 (日)

高山植物達

八方尾根の画像を丸ごとスライドショーにしてみました。
あわててやったので音楽が最初にしか付かなかったことに後から気づきました……後半無音ですすみません。それと途中にピントが前や後ろに合ってしまってるのもありますが、とりあえず丸まるアップ!
後日修正したいと思います(書き出しに異常に時間がかかるんだよねえ)。

景色はほとんど霧でダメでした。
夏のお山の雰囲気だけでもどうぞ。





2010年8月 6日 (金)

広島原爆の日

今日は広島原爆の日です。
今年はアメリカの駐日大使、国連事務総長、フランスとイギリスの代理大使も記念式典に参加されたそうですね。


アメリカの大使が式典に出席することが原爆投下の謝罪に当たるとして、参加は適当ではないと言う米国内の意見もあるそうです。様々な考えがあると思いますが、原爆投下後の惨状がどのようなものだったのか、その日から今日まで年月が経過し、原爆を経験した人達や街がどのように変わり果て復興したか、その中で人々の変わらないもの、変わってしまったもの……各肩書を持った人が直接感じてほしいと思います。
原爆投下が正当かどうかを考える以前に、原爆を落とすまでに至った流れをまず考えべきなのでしょう。

世界中が戦い争った時代を経験した人達も高齢になり記憶は薄れつつありますが、日本の暑い夏に数日ある『戦争』を背負う記念日につらい歴史を考えたり話すことだけでも実はとても大切なことなんですよね。

時代が違うとか、もう昔のことだと見ない振りをしていても、今からは想像もできない時代は、たった65年前あったのですから。

2010年8月 4日 (水)

あづい…

おはようございます。
暑いです。


ウチは東向きなので朝はお日様が入ってよろしいのですけど、この時期はお日様が殺人ビームのように感じます。
と、溶けるぅぅぅ。


体は体力セーブモードらしく、すぐにスリープに入るのですが、精神的に元気であります。


話は変わりますが、先日の八方尾根には一人で行ってきました。なによりつらかったのは長時間孤独なドライブですな。ドライブ大好きだけど、いままでで一番寂しいドライブでした。高速降りてからが長いし。次回後立山方面に行く時は公共交通機関を利用します。いえ、今回も『ムーンライト信州号』を取るつもりでしたが満席だったのです。トップシーズンですからねぇ。

2010年8月 1日 (日)

やっぱりこっちは暑いね

今朝早朝に帰宅しました。
夜中のロングドライブはキツい……居眠りで事故ったら困るから仮眠しつつ戻りました。詳しくはまた……。お花の写真を大量に撮影しました。
結局は唐松岳登山は中止し、丸山の手前までで戻りました。本当は唐松岳頂上山荘のテント場で朝を迎えたかったけど……結局帰ろうとクルマを出した途端に土砂降りになったので、もしかしたら今朝も天気イマイチだったのかも。テントで雨に降られると悲しいから良かったということで。

昨日の白馬村は霧がでて、結構蒸し暑かったです。
でもこっちに比べれば天国でした。


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クリックすると巨大化します。

八方尾根自然研究路でも充分アルペン気分を味わえます。
とにかくお花が咲き乱れて、とっても感動しました。

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