2010年2月 9日 (火)

音の低い世界

咳止めの副作用が抜けつつあります。
半音程度、全ての音が低く聞こえた最近。自分の中の日常正しいと思っていた事は実は何の根拠も無いのかもしれないと思えるような経験でした。
薬の副作用などという理由で「当たり前な事」が当たり前でなくなるんだわって……違う見方、感じ方が出来る刺激になりました。
自分のもつ感覚のなんともろい事か。

それにしても絶対音感を持つ人は、こんな経験が結構あるのかも知れません。いちいち「音が外れている」という感覚に振り回されるのも疲れそう。鈍い私でも電話のベルの音や、Macの起動音、駅で列車が発車する予告音のズレに辟易していたのだから。私がもし絶対音感などという物を持っていたとしても、なんの役にも立たないどころか日常生活に支障をきたす能力だってことがわかりました。

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2010年2月 7日 (日)

突き動かされるのも、ダメにされるのもストレス

あまり「ストレス」という化け物のような目に見えない怪物のことを考えないようにしているが、このところ、どうやらこれに振り回されている気がする。
いや、本当に振り回されているのはストレスを生み出す源なんだろう。だから生み出されたストレスを上手に使えば「突き動かす原動力」にも「自滅する原動力」にもなる。毒にも薬にもってこと。それにしても最近の私は、もうずっと長い事、こいつに振り回されている気がする。自分が無いのかもしれない。
自分がどうしたいのか、と考えると本当のところ今の生活の中に実現した事は何一つ無かった事に気づいてしまうのです。いえ、きっと人の一生なんてそんなものなのだとも達観している部分もあるんですが、時々『私は本当はこうしたかったのよ』と自分に正直になった時に、もうどうしてもそうならないだろう現在に絶望したくなってしまうのです。しばらくグッタリした後には、「人はひとつの人生しか歩けないわけで、今私が本当に望んでいる人生を歩んでいたとしても、きっと絶望したくなる場面ばかりなんだ」と思い直して立ち上がるんですけど……つまり自分が弱いだけなんだけど。
……とグチグチ書いていたら、やっぱりだらしない自分が嫌で嫌で、自分に自信がないだけなんだなあと思えてきました。すみません。クヨクヨするその心こそがストレスに振り回される元なんだろう。自分の弱さもなにもかも許せるのも「自分だけ」なのだ。許して、できるだけ真っ当に歩けるように頑張ろうと思っているのですが、時々もうどうしようもなくへたれて、不安でへこんでしまうのです。この世界から消えてしまいたくなるほどに自分を追い込んでしまうのです。
ああ、弱っちい自分だわ。この先独りでいろいろなことに直面するだろうに。強くならなければねえ、本当に。たぶんこんな精神状態だからこそ体調を崩したんだろうけど、しばらくはまだローテンションで進むと思われます。

そして思うのですよ、明るいとか言われる私ですが、心に持つ「暗黒の領域」はきっと大きくて、そういう部分が伝わる相手も多くて、だからいつまでも「ひとり」なんだろうな、って。そしてまた落ち込む……負のスパイラル。すみません、朝っぱらから暗いエントリで。そのうちまたオモシロ可笑しいエントリも上げると思うので「ああ、またやってるよ」って笑ってやってください。

まあ、私もその辺にゴロゴロいる普通のアラフォー独身女で、泣いたり落ち込んだりするって事で。

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2010年2月 6日 (土)

完全復帰

昨日会社に出ました。
熱は水曜に下がって、木曜は布団干ししたいくらいに相当元気になっていました。昨日3日振りに出勤。咳も全く出ないのですが、咳止めの効果かもしれないので、耳の副作用はいやだったけど咳止めも飲んでいました。当然マスク着用で通常勤務。しかし月曜日にはマックスで不調な状態のまま出勤していたので、既に誰かに移して潜伏期間中かも知れません。ごめんよ。
先週の日曜夜7時頃に体調がおかしくなって、医師の受診が翌日月曜の夜7時頃。24時間は普通に生活して無防備に会社に出勤してたわけだ。大丈夫かよ、みんな。せめてもの救いは マスクをずっと外さなかったことと、コートなども自分の席に持って行って膝掛けにしていたこと。共用のコート掛けを使っていたら、マフラーと一緒にかける ので移してるリスクが高くなると思う。受診後にすぐタミフルを飲み始め解熱したのが水曜から。医師の指示通り解熱2日をあけて金曜出社。
咳もクシャミも全く出なかったという症状も幸いしていると思う。

それにしても土曜に三笠を見学した時はなんにもトラブルも無く、日曜も裁縫していたので、一体どこで感染したのか解りません。
体調もそんなに悪くもなかったのに。

今回思ったのは、私は普通の人よりも丈夫じゃないんだなあということです。やっぱり喉が弱いのかなあ。今年は咳になる風邪を引かないから良かったと思っていたらインフルエンザだよ。もう精神的にかなりショックです。この数年は咳がひどい風邪か、吐き下しの風邪かのどちらかを必ずひいている。なんでなんだろう。本当に嫌になります。体調管理が悪いと責められてるみたいでさ。
ストレスかなあ。
ニュースではインフルエンザの患者数は減っているなんて言うけど、かかった私。
でも正直「本当にインフルエンザだったのかなあ」と今でも疑問。以前かかった時の方がダメージが大きかった気がするんだよねえ。
いろいろしらべてみたら、インフルエンザ感染しても「だるい、熱っぽい」状態で発症しない人もいるみたい。そうして変異していっているんでしょうけど、知らない間に移るタイミングはそこら中にあるんだわ、と思いました。

とにかくこれからは出来るだけ風邪を引かないからだ作りに、もっと真剣に取り組んで行こうと思います……っていうか、ほんとなんでこんなに風邪ばっかり引くんだろうなあ。

とにかくこの散らかり切った部屋の掃除をしなければ。

もしだるいなあ、身体が痛いなあと思ったら夜間でもすぐ受診してみてください。咳、鼻水が無くてもインフルエンザの可能性がありますので。

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2010年2月 4日 (木)

明日は出勤

ようやく回復してきたので、明日は出勤します。
身体より精神的に参ってきてる。
熱下がっても一切外出できなくて、誰とも話していないのでおかしくなりそうな気がしてきました。お年寄りがずっとひとりで暮らしてたらボケちゃうのが解る気がしました。

なんだかもう世間のインフルエンザはA型=新型になってるんですね。
私もそういう事らしい。
今回の症状は高熱と関節痛、少し咳の症状があったくらいでした。鼻炎咽頭炎や咳の方がダメージが大きいので、高熱はつらかったけど咳や喉の痛みが無かった分、それほどダメージが大きくありませんでしたよ。でも未だに骨盤痛は残っているけどね。とにかく気管支炎などになるとずっと後々まで響くので、インフルエンザの診断が出た時に早めに咳の薬を出してもらったのも良かった。

のだが!

実は耳の調子がおかしいのである。なんだかボーッとしている感じで、全ての音が低く聞こえるの。久々にMacの起動音を聞いた時にかなり違和感があって気づいた。どうやら咳止めでもらった副作用らしい。「フラベリック」という薬。
以前に同僚が会社で「音が低く聞こえる!」と言って、やはりこの薬の副作用であった事がわかったが、私も初めて気づいた。いままでは耳鼻科で咳止めをもらっていたから違う種類だったのかな? とにかく今回初の感じ。気持ち悪い。私の場合、音が低く聞こえるのとくぐもった感じにもなっている。「低く聞こえる」っていうのは、テープが間延びした感じ位の低さ………って解らんよね。

まあ、それほど音楽聞いて歩くわけじゃないし、もらった薬もあと2日程度で飲み切るので、来週には復帰できると思う。しばしこのヘンテコリンな音の世界を楽しませてもらう事とします。

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2010年2月 2日 (火)

携帯電話より

インフルエンザになってしまいました。まだ熱がややありますが、峠は越えた感があり、たぶん後は回復するだけという感じです。


日曜の午後に関節痛が出たのですが、普段しないお裁縫でミシンかけたりしたからコリかと思ってました。ただフワフワした感じと言葉に表現しにくい『普通じゃない感』がありました。今から考えると、あの時はきっとかなり熱が出てたと思う。喉の痛みや鼻水もないし、食欲も普通にあり、フワフワしながら熱々のうどんを作り、汗ダラダラで食べたら少しスッキリ。


翌朝はお弁当のために『グリーンカレー』(大好きで良く持って行く。カレーとご飯は別にして詰めてます)を作り、いつも通り出社。しかしとにかく体中が痛んで、またフワフワ感が抜けず。特に骨盤と手術した足が痛くてつらいので、まさかもしかしてまた……と不安になり、そうそうに退社。確かにインフルエンザか?と思うタイミングもなくはなかったが、とにかくいつも親切に診て頂いてる会社近くのクリニックに行きました。

熱は37.7度。すぐに鼻に検査の綿棒入れられ、数分後に『インフルエンザです、たぶん新型』と宣告されました。
がーん、会社出社禁止か、もう誰かにうつしたかも。母に土曜会ってるが大丈夫かな……と頭を駆け巡り、同時に再発じゃなくインフルエンザか、よかった。そう簡単に再発したら困るよなあ、なんて思ってました。

もう足不調とか骨盤痛が少し酷くなると、自分でも情けないくらいビビリなんですよ。恥ずかしいですが。

まあとにかく今日も重病人のようにずっと寝てます。食欲はあるし、グリーンカレーの残り食べてます。病人の食事じゃないけど好物なので、むしろ作ってよかった。


今は少し鼻水と咳があるくらい。
でも新型インフルエンザは今まで経験したインフルエンザに比べると穏やかに思う。根性ある人なら気づかないかも。ただし関節痛がこれだけひどいのは熱が高いってこと。私も日曜に熱測ったらそれなりに発熱してたと思います。
掛かり付けの先生によると、インフルエンザの大人の患者は毎日コンスタントに出ていて、昨日も私は3人目だったそうです。


皆さん気をつけてくださいね。

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2010年2月 1日 (月)

ほらZ旗揚がってるよ

(画像はクリックすると拡大します、が今回はピンぼけ・手ぶれが多いです……すみません。)

土曜日に「記念艦 三笠 」に行ってきました。

入場してすぐに母は上を指差した。

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私はZ旗というのも知らなかったし、日露戦争でこの旗が掲げられた事から「Z旗を揚げる」という慣用句になっている事も知らなかった。

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小学生の時に来たきりで、母も「ん十年前」に来たきり。私の記憶は曖昧だし、母の来た時とは展示の様子が全く変わっていたらしい。

甲板上にある計器類などは固定されている物が多いものの、ほとんどがそのまま。覗いたり、一部は動かしたりできます。

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補助砲は動かなかったけど角度を変える取手はグルグル回せたりした。

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ニョキニョキと補助砲が。これらがバルチック艦隊をドーンと撃っていた本物です。

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艦尾の主砲。蓋がしてあるところが何とも……。

艦橋には入れませんでした。

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ピカピカ。カッコいい。



艦橋の上にあるここで東郷平八郎始め秋山真之達が指令を出していました。
立ち位置がプレートで張られています。

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左下が秋山真之。その右が東郷総司令官。

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船首を見るとこのような眺め。

この日はお天気がよかったので景色がきれいでした。

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猿島もよく見えます。



とは言え戦艦だったのです。日露戦争ではこの船で多数の方が戦死されています。そしてこんなプレートも貼ってあるのです。

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生々しい。
しかし母が子供の時に見学した時は、殺人現場のように戦死の様子や、船の損傷箇所がペンキでマークされていたそうです。衝撃的過ぎる……。


甲板の一部には、当時が身近に感じられるこんな展示も。それにしてもこのロープは?

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戦争です。弾片が雨霰のように降り注ぐ……想像つかない。

当たるとこんな風になるらしい。

砲台が当たった部分の三笠の鉄板を使って作った灯籠。

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鉄板がめくれ上がるわけで、人間なんて木っ端みじんだよ。



内部に進むと生活感のあるお部屋も。

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左の棚には食器も入って展示されていました。

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お風呂が意外と大きく感じました。
トイレが凄く小さい。
洋風のバスタブに日本風の木製の蓋がミスマッチ。

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素敵な灯りが下がっていました。

この他にも会議に使われた立派なお部屋や、東郷平八郎が使用したお部屋や家具が多く残されていて身近に眺める事ができます。

明治時代の戦争に使用された船と考えると、凄い年月が経過しているんですよね。

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艦長室にまつられていた神棚。
イギリスで作られた船の三笠。随所に日本文化と融合したような物もありました。

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クロノグラフ。下の箱の彫り物が日本的で興味深いです。



大きな展示室には、東郷平八郎やその他有名な乗組員の方々の品物や書簡など、そして船に当時設置されていた物なども展示されていました。

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東郷平八郎が着た軍服など。一番奥は礼装時の服。勲章を掛けるための生地と同色の紐が左胸にたくさんありました。



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私の身長程ありそうな菊の紋章。船首に掲げられていた実物です。
木製で作られていました。近くで見るとなぜか怖かったです。


そして怖かったのがもうひとつ……

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ある展示室を覗いたら等身大の人形が突然現れ息を呑みました。
人形の再現はこれだけでしたが……
ピンぼけですみません。



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この階段を最後に上がっておしまい。
なんとこの階段、東郷指令長官専用の木製階段だったそうです。




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もう日が傾いてました。

少し前にはちょんまげ、和服、帯刀で生活していた日本男児が、世界屈指の艦隊に戦争を挑んだ。苦悩の決断、見切発車、大いなる勘違い……いろいろな解釈があるでしょうけど、この戦争があって、勝利し、その後第二次大戦があり、高度経済成長、バブル崩壊……今、私たちはここに居る。
長く続く不景気とか、将来に希望が持てないとか、国力が中国に抜かれるとか……混沌とした今に生きている私たち。大人になってこの船を見るといろんな想いが湧きました。

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東郷元帥の銅像に迫る夕闇。


お昼ご飯もまともに食べなかった為、母とふたり、〆はお魚を頂いて帰りました。

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地魚丼。
……んまぁ。
やっぱり平和が一番だ、と最も感じたのは、実はこの時だったかも。

記念艦 三笠 ホームページはこちら

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2010年1月30日 (土)

三笠を見学してきました。

母と30年振りくらいに三笠を見学に行ってきました(苦笑)。
母の実家はここから歩いて行かれる位の距離ですので、しょっちゅう近くに行っているのにトンと足が向きませんでした。
携帯電話のカメラですが少し写真を撮ったので明日にでもアップします。

今日は少しお疲れモードなのでこれまでに……。

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大人になって来てみると

大人になって来てみると
印象が全然変わるものです。しかし貴重な計器なども残っているし、直接触れられて三笠満喫。

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『坂の上の雲』効果かな

『坂の上の雲』効果かな


三笠は結構見学者で賑わってます。

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天気晴朗なれども波高し

天気晴朗なれども波高し

久しぶりの見学。

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